ずいぶんと間が空いてしまった。オリンピックは結局行われた。
新型コロナのワクチンの接種も終わった。
…
夏の終わりに父が逝った。
末期のがんだと判明した昨年末から父は身の振りを色々と考えて母にあれこれ指示を出していた。年齢と体力を鑑みて積極的な治療は行わず、緩和ケアのある病院へ通院し自宅で過ごしていた。
がんだと判明するまでの入院中に、両親にスマートフォンを用意し、LINEの使い方を教えた。わかりやすい解説本を探して2人に渡した。コンピュータに抵抗の無い父はすぐさま操作を覚えたし、携帯電話のメールを使えない母がフリック入力を覚えLINEでメッセージを送ってくるようになった。
実家に会いに行きたかったが、父から来ないように言われてしまったら仕方ない。ようやく呼ばれた時は父が入院する日だった。
えらい小さなって。思わず言葉が出た。久しぶりに会った父は小さくなっていた。
介護タクシーに乗って家を出る父。もうこの家に帰って来ることはないのだと思うと涙が出て仕方なかった。しかし、父と母で決めたことだ。
葬儀は要らない、火葬だけで良い。母を頼む。と父は言っていた。
本当に火葬のみ。
コロナ禍で兄弟はこちらにくることが叶わず、会えないままだった。
そして悲しむ間もなく、相続の手続きを始めねばならず、母は連日あちこちに電話をし窓口へ行き諸々の手続きをした。
四十九日まで、毎晩チベット死者の書で知られるバルドゥ・トェ・ドルを1日分読んだ。途中で繰り返すことになったけど。
母と協力して、相続関係のことは何とか終えた。
散骨を希望している父の骨はまだ実家にあって、兄弟か作ってくれた遺影と一緒に置いてある。